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近江、越前の歴史探索の旅

はじめに

 今回の歴史探索の旅は、わたしの同窓会が大津で開催されるのを機に、旅仲間に声をかけて実現したものである。旅先は北陸応援旅行割の対象県の福井とし、滋賀から福井にかけて多く存在する山城を含めた城を中心に巡ることとした。北陸応援旅行割はスタ-ト早々に予算枠がなくなり、恩恵に預かったのは二分の一泊分だった。
 4日間の旅行計画は次のようなものである。初日は私一人で、道中にある観音寺城跡、安土城跡、近江八幡城跡を探索し、琵琶湖大橋を渡った先の近くにある禅寺の浮御堂に訪れる。坂本城跡が同窓会会場KKRホテルびわこに近いので、そこも訪れる。

 二日目は関西の3人と大津で合流し、関東の1人と米原で合流して、近江、越前の歴史探索の旅が始まる。まず米原にある鎌刃城跡を皮切りに小谷城跡を訪れる。そこから福井県にある国吉城跡、玄蕃城跡に向かう。その道中にある海津大崎の桜を見物して、若狭鯖街道熊川宿に立ち寄る。この日の宿泊は越前海岸にある料理旅館で蟹三昧の夕食である。
三日目は越前海岸沿いを走り、東尋坊・雄島橋・龍谷寺・三国神社に寄って、丸岡城へと向かう。丸岡城を見学後、越前大野に向かい越前大野城、越前大仏、福井県立恐竜博物館を見学する。そこからこの日の目玉である一乗谷城跡を訪れる。最後に福井駅に行き、当日帰宅する1人と別れる。私を含めて4人は、時間に余裕があれば福井城跡を見学する。この日の宿泊は鯖江第一ホテルとなる。
 四日目は陶芸会館、うるし館、柳の滝を廻り、鯖江駅で2人と別れる。残った関東の一人と私は松本へと向かう。帰路道中に足場川ダム建設工事展望台、龍双ヶ滝、宝慶寺経由で越前大野に出る。勝原ICから中部縦貫自動車に入り、終点の九頭竜ICで降りる。九頭竜ダムを見学後高山を経由して、一路松本駅を目指す。松本駅で関東の1人と別れて本旅のフィナ-レとなる予定です。
 かなりタイトな予定だったので、ルート図のように、二日目は国吉城跡、玄蕃城跡を省いて、かわりに熊川城跡を増やす。三日目は東尋坊・雄島橋・龍谷寺・三国神社を省いたのと福井県立恐竜博物館が休館だったので時間を短縮した。


2024年4月8日(月) 曇りのち雨
 梓川SI(6:21 3時間4分) ⇒ 八日市IC(9:25 51分) ⇒ 観音正寺表参道駐車場Map(10:02 8分) ⇒ 観音正寺(10:10-10:18 37分) ⇒ 観音寺城跡本丸(10:25-10:37 2分) ⇒ 平井丸(10:39 3分) ⇒ 池田丸(10:41 4分) ⇒ 大石垣(10:45-10:55 6分) ⇒ 大手道入口(11:01 5分) ⇒ 観音正寺表参道駐車場(11:06)
 観音正寺表参道駐車場(11:07 20分) ⇒ 安土城駐車場Map(11:27 3分) ⇒ 安土城受付(11:30 1分) ⇒ 伝羽柴秀吉邸跡(11:31-11:34 13分) ⇒ 信長公本廟(11:47-11:49 2分) ⇒ 本丸跡(11:51 1分) ⇒ 安土城天守台跡(11:52-11:55 12分) ⇒ 三重塔(12:07-12:12 1分) ⇒ 仁王門(12:13 9分) ⇒ 安土城受付(12:22 3分) ⇒ 安土城駐車場(12:25)
 安土城駐車場(12:40 15分) ⇒ 八幡公園Map(12:55 18分) ⇒ 出世不動明王(13:13 8分) ⇒ ロープウェー山頂駅(13:21 4分) ⇒ 瑞龍寺(13:25-13:28 3分) ⇒ 北の丸跡(13:31 3分) ⇒ 西の丸跡(13:34-13:36 1分) ⇒ 出丸(13:38-13:41 17分) ⇒ 八幡公園(13:58)
八幡公園(14:00 34分) ⇒ 浮御堂(14:34-14:40 20分) ⇒ KKRホテルびわこ(15:00-16:40 5分) ⇒ 坂本城跡(16:45-17:15 6分) ⇒ KKRホテルびわこMap(17:21)
 同窓会が大津市下阪本のKKRびわこホテルで開催されるので、それを利用して滋賀県、福井県の山城をメインに歴史探索を計画する。自宅を6時15分出発し、梓川SIに6時21分に入る。最初の目的地は観音寺城跡なので、多賀SIで降りる予定だったが、出口が解らず八日市ICで降りることになる。3時間程休憩なしで高速道路を走る。ナビに従って観音正寺表参道駐車場に向かって行くと、途中に林道入口があり600円を徴収される。5分程で観音正寺に通じる石段前の駐車場に到着する。高い通行料だと思う。そこから急な石段を急ぎ足で8分かけて上がると、観音正寺の境内に着く。参拝者が数人おり、何とそこに駐車場があるではないか。何か損をした気分になる。観音寺城跡に行くには、拝観料500円を更に支払うことになる。今日は観音寺城跡を見ることが目的なので、観音正寺本堂を素通りして、本堂左横手にある山道に入る。
 そこから観音寺城本丸跡まで330mを上って行く。途中に屋敷跡(平井、落合)と大石垣まで15分の分岐点があるがそのまま直進する。観音寺城本丸跡は雑木が蔽い茂っている。案内板が無ければ気づけないかも知れない。その奥の本丸北東部に搦手虎口があり、本丸は石垣で防御されている。搦手虎口を出ると、桑寶寺山林境内へと続く。虎口の一角に井戸跡がある。
 本丸跡の石垣に沿って進むと、平井氏屋敷跡を通り平井丸に至る。平井丸虎口から石段を下りると平井丸に着く。一際巨石の石垣が目を惹く。その一段下に池田丸がある。

 池田丸から更に下ると、大石垣上に出る。そこから田園の中に延びる新幹線の橋脚が良く見える。大石垣の下部の女郎岩まで下り、遊歩道を一周する。大石垣の全景を写真に収め、大手道を下って行くと大手道入口の林道に出る。ここから観音寺城跡を巡れば、拝観料はいらなかった。そこを少し上り返すと観音正寺表参道駐車場に着く。
 そこから安土城駐車場までは7.3kmで20分程です。平日ということもあり、駐車場はがらがらでした。さっそく受付で入山料700円を支払い、安土城大手道を上っていく。大手道の石段は広く所々に石仏が配されている。まず両サイドの長く続く石垣に圧倒される。大手道に沿って連なる伝前田利家邸宅、伝羽柴秀吉邸跡、伝徳川家康邸宅前を通り過ぎると、大手道は左に大きくカ-ブする。
 道なりに進むと三重塔への分岐に達し、そこを右折する。暫く歩くと石段となり、本丸跡までは石垣に囲まれ、黒金門跡で左に折れ、その先を右に入ると石垣に突き当る。左の石段を上ると織田信雄四代供養塔で、右に進むと仏足石があり、その先は信長公本廟と本丸跡に通じる。
 まず二の丸址と信長公本廟に立寄る。続いて本丸跡へと向かう。本丸跡は千畳敷と呼ばれ、東西約50m南北34mあり、三方を天守台・本丸帯曲輪・三の丸の石垣で囲まれている。そこから天守台に通じる石段を上る。
 安土城天守台跡には、往時そのままの敷石が見られる。石垣上に上がると琵琶湖方向が開けている。また本丸跡と信長公本廟の全容がよく見える。

 元来た道を引返し、往路立ち寄らなかった織田信雄四代供養塔に行く。そこから三重塔分岐まで下って右折する。三重塔は三間三重の塔で本瓦葺きです。近くの摠見寺本堂跡から琵琶湖が間近に見える。
 そこから急な石段を、表門跡を通り仁王門に至る。仁王門を潜り正面に回ると、左右に金剛力士像が祀られている。更に急石段を下りきると、平坦な道が伝羽柴秀吉邸跡に続く。安土城駐車場に戻り、用意していた昼食を摂り、一路近江八幡に向かう。
 次の目的地の近江八幡山城跡上り口がある八幡公園までは、6.5kmで15分程で着く。八幡掘、日牟禮八幡宮参道は桜が満開ということもあり多くの客で賑わっていた。近江八幡山城跡は八幡山ロープウェーでもいけるが、八幡公園から登ることにする。八幡公園も桜が満開だった。途中ロープウェー下を通り、大日大聖不動明王と書かれた鳥居下を潜る。近江八幡山城跡は、八幡山ロープウェー経由となるが、そのまま直進して出世不動明王方向へ進み、行き止まりとなる。引返してショウトカットされた狭い道を通り、八幡山ロープウェー山頂駅に着く。
 そこから参拝順路に従って進む。瑞龍寺門跡を抜け、瑞龍寺に参拝する。次に北の丸跡、西の丸跡へと進む。北の丸跡からは西の湖、安土城、観音寺城、伊吹山が見えます。

 西の丸跡からは間近で琵琶湖が見られ、遠く比叡山が見えます。この日は生憎曇り空で伊吹山、比叡山は確認出来なかった。出丸経由で八幡公園に下山することにする。西の丸跡直下で西の丸の石垣が良く見える。
 出丸は広々としており、近江八幡市街が見通せる。八幡山山頂には瑞龍寺の建物の一部が顔を覗かせる。出丸の石垣を巻き、急坂の登山道を道なりに進むと八幡公園に下りる。

 今日の本来の目的である同窓会に出席するため、KKRホテルびわこに向かう。ここからKKRホテルびわこまで、琵琶湖大橋を経由して29.1kmで50分程かかる。時間に余裕があったので、浮御堂に立寄ることにする。浮御堂は湖岸にある禅寺で、湖を渡り廊下で繋がれている。広重の浮世絵にも描かれている。そこから琵琶湖大橋も良く見える。本日の最終目的地であるKKRホテルびわこに15時に着く。この頃から雨と風が強くなる。
 受付を済まし、部屋でゆっくりする。同室の方から夕食まで時間があるので、何処か行けないかと相談がある。その結果、比叡山は遠いので坂本城跡を見に行くことになる。坂本城跡はこのホテルのすぐ近くにある。琵琶湖渇水時に石垣が発見され、最近調査に本腰を入れるらしい。そのとおり見所は少なく、公園に明知光秀像があるのと、国道脇に明智塚があるぐらいです。坂本城址の周りを巡ってホテルに帰る。
 同窓会は18時30分から、記念写真の撮影から始まる。たわいのない話で終始し、内容はあまり覚えていない。


2024年4月9日(火) 雨のち曇
 KKRホテルびわこ(7:15 25分) ⇒ 大津駅(8:40-9:15 8分) ⇒ 大津IC(9:23 42分) ⇒ 彦根IC(10:05 40分) ⇒ 番場宿資料館駐車場Map(10:45 7分) ⇒ 鎌刃城跡大手口(10:52 15分) ⇒ 鎌刃城五丁(11:05 12分) ⇒ 大堀切(11:17 3分) ⇒ 大石垣(11:20 4分) ⇒ 大櫓跡(11:24-11:29 7分) ⇒ 主郭(11:36-11:46 35分) ⇒ 番場宿資料館駐車場(12:21)
 番場宿資料館駐車場(12:25 10分) ⇒ お食事処さつき(12:35-13:09 35分) ⇒ 小谷城番所跡(13:44 9分) ⇒ 御馬屋(13:53 6分) ⇒ 桜馬場(13:59-14:04 1分) ⇒ 大広間(14:05 2分) ⇒ 本丸跡(14:07 4分) ⇒ 大堀切(14:11 4分) ⇒ 帯曲輪(14:15 11分) ⇒ 小谷城番所跡(14:26)
 小谷城番所跡(14:26 49分) ⇒ 海津大崎(15:15-15:19 38分) ⇒ 熊川宿下ノ町(15:57 11分) ⇒ 熊川番所(16:08 14分) ⇒ 熊川陣屋跡(16:22 13分) ⇒ 熊川城跡主郭(16:35 25分) ⇒ 熊川宿駐車場(17:00 1時間20分) ⇒ 料理旅館平成(18:20)Map

 朝目覚めると雨と風が吹いていた。今日は同窓会のメンバ-と別れ、旅行仲間と近江、越前の歴史探索をする。大津駅で関西組と8時50分頃合流する。30分前にホテルを出発し、車を走らせていると、電車が遅れて予定の時間に着かないとの電話が入る。私は8時40分頃大津駅北口に到着し、少し待つことになる。9時15分に関西組全員と合流して、大津ICに向かう。本日最初の目的地は鎌刃城跡です。鎌刃城跡に行く前に関東から参加する1人と米原駅新幹線西口で合流する。大津ICを9時23分に入り、彦根ICを10時5分に出る。米原駅新幹線西口の待合わせが9時50分だったが、30分程遅れて到着する。ここで全員揃い鎌刃城跡に向けて出発する。ここから鎌刃城跡のある番場宿の資料館駐車場まで4.5kmで10分程で着く。
 番場宿を見学しながら駐車場までゆっくり走る。番場資料館で鎌刃城跡の資料を購入して、資料館駐車場に10時40分頃到着する。宿場通りの鎌刃城跡約2.0kmの道標の所から民家の路地に入って行く。暫く歩くと名神高速道路下にゲートがあるので、開閉して潜り抜けて右方向に進んで行く。
 菅公の腰掛石前を通過して、池に沿って進むと鎌刃城大手口の道標が立っている。私有地と表示されていたが、道は良く整備されていた。両サイドは竹林からやがて桧林に変わっていく。道中には鎌刃城○丁と書かれた標識があり、ペースの目安となる。鎌刃城五丁に大手口から13分で着く。このペースで歩くと、最後が10丁であればあと13分ぐらいで鎌刃城跡に着く計算だ。更に2分歩くと、あと1kmの標識があった。鎌刃城七丁の標識には下に(11丁)の表示があったが、意味がわからない。この表示は八丁(12丁)、九丁(13丁)と同様に増えていく。
 やがて大堀切にさしかかり、大石垣、主郭へと続いていく。大堀切の案内板に、堀切の最大幅約25m、堀底までの深さは約9mで鎌刃城跡で最大規模を有すると表示があった。直ぐその先に大石垣があり、道は左に曲がり大櫓跡に至る。大石垣の案内板には、高さは約4m、長さは約30mで、防御目的ではなく郭群の斜面崩壊を防ぐためと考えられると表示があった。大櫓跡に11時24分に着き、大手口から32分かかる。どうも大堀切あたりが10丁のような気がする。大櫓跡に入るには桝形虎口があるが、見た限りではどこからでも入れそうだ。説明によると、大手門に相当すると考えられ、大規模な四脚門があったらしい。
 大櫓跡は相当に広く、先端に危なっかしい展望台があった。このあたりは主郭から北に延びる曲輪群で、パンフレットによると北一郭から北六郭まである。もう一つのしっかりした展望台から琵琶湖北部が望めた。北三郭、二郭、一郭と徐々に上って行くと、主郭のある広い平坦地に出る。
 主郭に国史跡鎌刃城跡の立派な石碑が立てられている。主郭虎口の前面は石垣が築かれていた。主郭からは西方向にも曲輪群が延びていた。時間の関係でここで引返すことにする。11時47分に鎌刃城跡主郭を出発する。東方向下方に道がありそうだったが、安全のため元来た道を戻る。あと1kmの標識あたりに蓮華寺に下る道があった。ここまで17分を要す。資料館駐車場に12時21分に着いたので、鎌刃城跡主郭からの所要時間は34分だ。
 計画ではここから醒ヶ井宿、長浜城経由で小谷城跡に向かう予定だったが小谷城跡に直行する。途中お食事処さつきで昼食を摂る。小谷城本丸跡へは番所まで車で行ける。番所手前の駐車場に車を置き、番所跡には13時45分に着く。御茶屋跡手前に琵琶湖が見渡せる場所があり、そこから長浜城が小さく見える。そこの道標に本丸240m、番所160mの表示がある。次に馬洗池と御馬屋がある。ここから本丸まで160mだ。首据石がある付近から姉川合戦で知られた姉川方向が開けている。背後には伊吹山が望める。
 その先に桜馬場と呼ばれる広場があり、南方・西方が開けている。展望所から点在する戦国の山城と、琵琶湖が望める。黒金門から大広間に入る。大広間は千畳敷と呼ばれ、南北約85m・東西約35mあり前面に高さ約4mの石垣が積まれている。
 石垣の右端の石段を上れば、本丸跡に出る。本丸跡は南北約40m・東西約25mあり、東西の石垣下は土塁が築かれている。北側の大堀切で奥の曲輪と分断されている。大堀切から御局屋敷のある帯曲輪に下り、大広間跡の西下を通り御馬屋に出る。駐車場に14時半頃到着し、直ぐに次の目的地の海津大崎に出発する。
 海津大崎はここから30kmで40分程かかる。15時15分に到着したが、海津大崎湖岸園地の駐車場は満車状態だった。運よく1台分のスペ-スがあり潜り込む。湖岸沿いに満開の桜並木で、平日にも関わらず大勢の人で賑わっていた。風が強く肌寒い天気模様で、園地内を少し歩き園突端で桜をバックに記念写真を撮り、早々に次の目的地に向かう。
 次は越前鯖街道にある熊川宿で、ここから26kmで30分程かかる。熊川宿に着く頃には、16時頃にも関わらず薄暗くて寒い。下ノ町から熊川宿に入り、車で宿場町を見学する。下ノ町には京懐石の老舗料亭菊乃井の初代当主村田寅吉氏の生家村田館がある。まがりと呼ばれるところから中ノ町に入る。中ノ町と上ノ町境界付近にある中条橋を渡った先の駐車場に車を停める。そこから上ノ町入口に近い熊川番所まで歩く。熊川番所は小浜藩の番所で入り鉄砲に出女の統制が厳しく行われた所です。
 そこを折り返して、造り酒屋を営んでいた旧逸見勘兵衛家住居跡宿場館を見学する。宿場館の裏側の熊川陣屋跡を覗く。熊川陣屋跡は何にもない広場で、一時熊川小学校があったようだ。奥に熊川城跡の入口があった。予定ではこの後、国吉城跡、玄蕃尾城跡見学するつもりだった。時間的無理なので、当初予定していなかった熊川城跡見学に置き換えることにした。
 熊川城は沼田氏一族が築城し、国境警備の役割をしていたと考えられている。まず熊川陣屋跡から目立つ張出曲輪に上る。そこから熊川宿の全容が良く解る。五条の畝堀、中段郭を経由して標高185mにある主郭に至る。主郭の奥に小高い楼閣台がある。五条の畝堀下の下郭にあたる所は、現在白石神社境内となっている。駐車場に戻ると17時頃になっていた。
 今夜の宿は料理旅館平成で、ここから74.4kmあり1時間20分程かかる。到着予定を18時にしていたので急いで車を走らせる。宿に着く少し前に日の入を迎えたが、残念ながら雲が多くて日本海に沈む夕日は見られなかった。結局到着は18時20分頃で、辛うじて18時30分の夕食に間に合う。宿の計らいで夕食が18時45分になったので、急いで温泉で汗を流す。夕食は蟹三昧で、身を取るのに時間を取られ、話と酒を奪われる。


2024年4月10日(水) 晴
 料理旅館平成(8:30 15分) ⇒ 丸岡城(9:50-10:50 12分) ⇒ 越前大野城(11:40-12:50 20分) ⇒ 越前大仏(13:10-13:15 10分) ⇒ 恐竜博物館(13:25-13:30 9分) ⇒ 一乗谷史跡(14:19-14:40 20分) ⇒ 一乗谷城跡(15:00-16:05 20分) ⇒ 一乗谷史跡(16:25-16:32 18分) ⇒ 福井駅(16:50 7分) ⇒ 福井城跡(16:57-17:20 50分) ⇒ 鯖江第一ホテル(18:10)

 朝食が8時だったので、朝風呂に入っても時間があり過ぎた。その間付近の散歩に出かけた。宿で聞いた桜を目当てに入日ヶ滝まで歩く。あまり期待してなかったが、思ったより立派な滝だった。石碑に入日ヶ滝の説明書きがあり、謂れが書かれていたが滝の大きさの表示はなかった。日本海をバックに桜の写真を収めそこを去る。
 朝食を急いで済まし8時30分に料理旅館平成をたつ。滝を見ていない同乗者のために入日ヶ滝に立寄る。
 今日は越前海岸に沿って走り、東尋坊・雄島橋・龍谷寺・三国神社に寄って丸岡城に行く予定だった。しかし、朝食が予定より1時間遅くなり、丸岡城に直行する。丸岡城まで宿から55kmで1時間15分程かかる。丸岡城駐車場に10時前に到着する。
 私は2020年12月19日に訪れているが、今回は満開の桜に飾られた趣の違う丸岡城が見られた。再び天守に上がり、丸岡の城下を見下ろす。また城周りを一周して、桜とお城のコラボを楽しむ。
 次の目的地越前大野城までは、39kmで40分程かかる。途中中部縦貫自動車道の無料区間を走る。時鐘のある多目的広場兼駐車場に11時40分頃に到着する。私は越前大野城にも2011年5月21日訪れている。その時は越前大野名水マラソンを走る前日にあたる。
 柳廼社参道を経て、南登り口から百間坂を通り登城する。鳥居から720mの表示があり、20分程かかる。12時頃越前大野城直下に到着し、取敢えず城周りを小天守から時計回りに一周する。それから城内に入場する。越前大野城は2層3階建の大天守、2層2階の小天守、二の丸、三の丸から構成されている。天守から東北方向に経ヶ岳と遠く白山、南方向に小天守越しに越前大野市街、西方向に田園風景が望め、北方向は勝山市になる。復路は元来た道を引返し、搦手門跡を抜けて道路に出る。

 ここから福井県立恐竜博物館に向かう。途中越前大仏に立寄るが、拝観することなく辞する。恐竜博物館の駐車場手前に入館するには事前予約が必要と書いていた。無視して駐車場に着くとガラガラ状態だった。何で予約が必要なんだと話しながら恐竜博物館に行くと、何と休館日になっていた。納得して早々に引き上げるが、まさか休館日があるとは誰も考えなかった。大分余分な時間を使う。
 これから一乗谷城跡へと向かう。一乗谷城跡は恐竜博物館から34kmで50分程かかる。今回は一乗谷朝倉氏遺跡巡りではなく、一乗谷城跡を見学するのが目的だ。一乗谷史跡公園センターの一角にあるレストランで昼食を摂る。越前大野城からここまで適当な食事場所がなく、14時過ぎの食事となった。一乗谷城跡へは4ルートあり、一乗谷朝倉氏遺跡から上る下城戸ル-ト・馬出ル-ト・英林塚ルート、田尻から林道を上った所にある駐車場から入る三万谷ルートがある。我々は当然一番楽な三万谷ルートを選択する。このルートは山頂まで約1kmで30分程の所要時間です。他のル-トはこの2倍程度要す。三万谷ルートの駐車場は、158号線を足羽川沿いに東進、高田大橋の手前田尻を右折した美山林道沿いにあり、一乗谷山城の背後にあたる。一乗谷史跡公園センターから非常に長く感じた。駐車場を15時に出発する。上り始めは木道の急な階段で、尾根に出るまで3分かかる。そこに山城まで0.7kmの表示があった。尾根道を8分程進むと、下城戸ルートと合流して、山城まで0.4kmの表示があった。更に進むと千畳敷を経由して上ってくる馬出ル-ト、英林塚ルートと合流する。
 一の丸跡には駐車場から26分で着く。そこから二の丸跡に5分、三の丸跡に更に3分で着く。三の丸跡の奥に一乗城山の標識があった。復路は24分で駐車場に達する。何の変哲もない郭で、少し拍子抜けした。一乗谷朝倉氏遺跡を巡ってここまで来る人はあまりいないのではないかと思った。時間があったので一乗谷朝倉氏遺跡に戻る。遺跡が大きいので下城戸跡から上城戸跡まで車を流して見学する。
 本日最後の目的地福井城跡に向かう。福井城跡に行く前に、本日帰宅する1人を福井駅に送る。ここから福井駅まで11.5kmで20分程です。福井駅に17時前に着き、1人が降車後福井城跡に向かう。県庁地下駐車所に停めて、17時頃から福井城跡巡りを始める。まず県庁正面にある石段で石垣に上がり、桜満開の中を石垣上を歩く。瓦御門跡で突き当たり、そこの案内板を見て当時の御本城橋と御門・瓦御門の姿を想像する。石垣上から、内堀を囲む石垣が整然と構築されているのが良く解る。
そこから天守台と山里口御門に向かって歩く。石段を上って礎石が残る天守台に行く。小天守台の石垣は福井地震で歪んでいた。天守台の一角に福の井といわれる井戸が復元整備されていた。福井城跡をひととおり見学して、今夜の宿の鯖江第一ホテルに向かう。当初、これから帰宅する予定だったが、帰着時間が遅くなること、鯖江第一ホテルが北陸旅行支援の適用を受けられることで宿泊することにした。夜は近くの居酒屋萌月で本旅行最後の夜を過ごす。

2024年4月11日(木) 晴
 鯖江第一ホテル(7:37 25分) ⇒ 柳の滝駐車場(8:02 4分) ⇒ 不動滝(8:06 4分) ⇒ お釜滝(8:10 6分) ⇒ 布滝(8:16 14分) ⇒ 柳の滝駐車場(8:30 9分) ⇒ 小次郎公園(8:39-8:44 10分) ⇒ うるし会館(8:54-9:27 18分) ⇒ 鯖江駅(9:45 42分) ⇒ 足羽川ダム建設現場全景(10:27-10:32 19分) ⇒ 龍双ヶ滝(10:51-10:59 23分) ⇒ 宝慶寺(11:22-11:38 33分) ⇒ 九頭竜ダム(12:11-12:21 24分) ⇒ 白鳥IC(12:51 9分) ⇒ ひるかの高原SA(13:00-13:19 20分) ⇒ 飛騨清見(13:39 54分) ⇒ 平湯トンネル(14:33 1時間17分) ⇒ 松本駅(15:50)

 今日は、1泊余分に宿泊したことによるおまけのような観光です。昨晩の打ち合わせどおり、関西組とは帰宅予定時間まで鯖江近郊の柳の滝とうるし会館に行く。柳の滝は鯖江第一ホテルから12.4kmで20分程かかる。柳の滝駐車場に8時頃到着する。駐車場に停まっている車はない。柳の滝は不動滝、お釜滝、布滝、窓滝、夫婦滝の総称で、権現山にある松ヶ嶽神社の裏参道に沿ってある滝です。

 それぞれの滝は案内板によると次のように表記されている。最初の滝の不動滝は周辺の岩盤は第三紀中新世の安山岩質凝灰角礫岩で、壁には磨崖仏が祀られ、高さ8mの壮麗な滝です。2番目の滝のお釜滝は、落下する激しい水勢で、 巨岩の中腹がえぐられ、 その形が釜底を連想させる所から、お釜滝と名付けられました。3番目の滝の布滝は、一連の柳の滝の内、最も見応えがあり高さ36mの白布をかけたように流れ落ちる壮麗な滝です。布滝まで行ったが、その先の窓滝、夫婦滝は距離があるのでここで引き返す。およそ30分の散策時間となった。
 次にうるし会館に向かうが、柳の滝に行く道中に小次郎生誕地の看板が気になったので、そこに行ってみることにする。小次郎公園の石碑があった。案内板に、公園の奥にある瀧谷山高善寺が佐々木小次郎生誕の寺だと記してある。池を配した庭園のところに、佐々木小次郎像があった。10時開館のうるし会館に10分前に到着する。平日の会館前ということもあり、駐車場はガランとしていた。昨晩夕食を頂いた店の主人によると、うるし会館の品物は輪島塗のような高価なものでなく、庶民的なものが多いということだった。そのとおり我々でも買えそうな品物が殆どだった。買う予定はなかったが、記念に箸を購入する。鯖江駅の電車発車時刻までに関西組の二人を送り届ける。
 ここから、関東組1人と松本駅に向かう。越前大野、高山経由で帰り、通常ル-トでおよそ240kmで4時間程かかる。越前大野へは、足羽川ダム本体建設工事展望台、龍双ヶ滝、宝慶寺経由で観光をしながら行く。越前大野まで、うるし会館付近から県道2号、県道34号を通ることになる。県道34号は道幅が狭く、足羽川ダムまで大型ダンプが頻繁に出入りする。足羽川ダム本体建設工事展望台から足羽川ダム建設現場全景が目の前に見える。重力式ダムで高さ96m・堰堤351mあり、現在どの程度進捗しているのかは、左右の土留めを見れば想像がつく。コンクリ-ト打ちのダム上の作業車と比べるとその大きさが実感出来る。

 次に日本の滝100選の龍双ヶ滝に行く。この滝は県道34号の傍にあるので、歩く必要はない。ただ滝見台に行くには滝見台遊歩道を歩くが、土砂崩れで通行困難です。龍双ヶ滝は、部子川と稗田川の合流地点にあり、落差60m・幅20mの岩肌をなだらかに流れ落ちる滝です。滝つぼから見る龍双ヶ滝は分岐瀑であることが良く解る。
 駐車場付近にセーラ服らしきものを纏ったお地蔵さんが祀られていた。時々着替えをするらしい。そこから宝慶寺方向に進むと通行止めになっていた。車が通れるスペ-スがあり、ほんの前に軽トラが入っていったので、引返すことを覚悟で前進する。途中、先ほどと違う軽トラとすれ違い、この先通れるかと尋ねると、耳岩菩薩へ行っての帰りだという。不安の中で車を進めると、峠を越えた時点で大丈夫だと確信する。宝慶寺は少し行き過ぎた地点の案内板に従い、境内入口の駐車場に行く。宝慶寺は約700年前に寂円禅師によって開かれ、永平寺に次ぐ日本曹洞宗第二道場として知られる。宝慶寺の手前に重要文化財旧橋本家住宅が建つ。旧橋本家住宅は、間口六間奥行き四間の入母屋造り茅葺平入の建物で、江戸時代中期18世紀頃に建てられた。
宝慶寺から道が広くなり通行止めの心配はなくなる。越前大野市の郊外を通り、中部循環自動車道の勝原ICに入り、終点の九頭竜ICを出る。そこから九頭竜川側に沿って国道158号を走っていると、大きなダムが見えてくる。高さ128mのロックフィルダムの九頭竜ダムだ。立ち寄ってしばし見学する。九頭竜ダムは多目的ダムで昭和43年に竣工した。この先国道158を道なりに東海北陸自動車道の白鳥ICに向けて進む。途中、中部循環自動車道の建設工事を各所で見かける。白鳥ICに入り、昼食のためひるかの高原SAに立寄る。ひるかの高原SAから大日ヶ岳(1,709m)が雪を纏って見え、遠く白山(2,702m)の峰まで望むことが出来た。飛騨清見ICを降りて、高山、平湯を経て松本市街に入る。松本電鉄上高地線の三溝駅付近の安養寺を通りかかると、満開のしだれ桜があり、途中下車して観賞する。松本駅には、予定のあずさの発車時間に余裕で到着する。ここで旅仲間全員と別れ、近江、越前の歴史探索の旅は終結する。