龍ヶ崎城

(概要)
 龍ヶ崎城の主郭跡は標高865mの山頂にある。主郭の南北には空堀で隔てた副郭の他に、幾つかの小郭を持つ山城の遺構を留めている。
 主郭は南北22m、東西10mで、中央が低く周囲に土塁が残る。
 ここの副郭の東側わずか下には腰曲輪もある。
 築城年はあきらかでないが、寛政5年(1464)より前と思われる。
 天文14年(1545)武田信玄が箕輪の福与城を攻めたとき、松本の小笠原長持が 福与城の援軍として龍ヶ崎城に陣を張ったが、武田勢の板垣信方によって滅ばされた。(副郭案内板転記)
(アクセス)
 国道153号小横川信号から池上寺方向に100m程進むと、城山登山道入り口の道標がある。近くの路肩か池上寺に駐車する。登山道は良く整備され、20分程で龍ヶ崎城の主郭跡に着く。 Map


龍ヶ崎城跡(城山)入口
穴倉山(1365.1m)の尾根の最南端が城山(865.1m)で、龍の姿に見えることから龍ヶ崎と名付けられたらしい。曹洞宗池上寺上方の龍ヶ崎公園の入口でもある。
龍ヶ崎公園
天正の頃に中西丹後守が館を構えていたようだ。一角に蚕玉神、御社宮司社跡の碑が建てられている。現在龍ヶ崎公園となっている。
龍ヶ崎観音堂
七曲りの石神仏
副郭跡
ここには案内板と木花開耶姫命の碑が建っている。
主郭跡
南北22m、東西10mの土塁で囲まれた窪地で、狼煙台だったとも伝えられている。北側は二重の深い空堀で遮断されている。ここから辰野町が一望出来る。

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