(概要)
光城は山頂に南北15m、東西50mの楕円形の本城を築き、後背に高さ2mの土塁、三つの帯郭と四本の横堀(内二本先は縦堀となる)南方の小城(田沢城)への尾根に三つの掘割を施し、西方前面の南北27m、東西55m(上の平東西42m、南北18m)の楕円形の平との間に二つの掘割を施し、さらに西北方の尾根に二つの掘割を施している。本城西隣の二つの郭に当たる平は周囲に波場mの帯郭のような曲輪が施されており、武者走りないし馬場を兼ねているようでもある。 (明科町誌)
海野氏の一族、光氏によって戦国時代築かれたと考えられる。犀川右岸丘陵上の尾根道南端を固めており、武田氏の松本平侵攻に対しても、兵を配備し籠城したとみられる。しかし、天文二十二年(1553)、刈谷原城攻めに際し戦わずして落城した。その後、天正十年(1582)に松本城主となった小笠原貞慶によって修復されたと考えられる。(案内板転記)
(アクセス)
国道19号田沢北信号から県道57号に入る。篠ノ井線高架下を潜り、神明宮先の光城山入口から林道に入る。若しくは国道19号明科の東栄町信号から県道302号に入る。程なく長峰山の案内の所を林道に入る。光城山の北登山コ-ス付近に駐車場があり、光城跡へは歩いて5分程で到着する。光城跡は桜の名所としても知られ、山頂は桜の花で埋め尽くされる。登山コ-スに沿って桜が植えられているので、下から順に開花していくいくので長く楽しめる。また山頂から見る北アルプスは絶景です。
➠ Map

前画面に戻る