(概要)
上田城は、長野県上田市二の丸にあった城で、現在残っている城は、仙石忠政によって江戸時代初期の寛永年間に再建築されたものです。
上田城は、天正11年(1583年)に築城が開始され、完成後は真田昌幸が城主となりました。その後徳川軍によって2度攻撃されるものの落城しませんでした。慶長5年(1600年)の関ヶ原の合戦後に昌幸・信繁父子が紀伊国九度山に配流になり、上田城は徳川氏により破却されました。
昌幸の後にこの地を治めることになった長男の信之は城の復興はせず、三の丸に屋敷を構えて政治を行いました。元和8年(1622年)に信之が松代へ領地替えとなると、小諸城から仙石忠政が入り、寛永3年(1626年)から上田城の復興を開始します。
しかし、本丸、二の丸、三の丸の堀や土塁、石垣等の整備の他、本丸には2つの櫓門と7つの隅櫓を築きますが、2年ほどで忠政が亡くなったことで復興が中断され、その後再開されることなく松平氏に交代し、明治維新を迎えます。
現在は旧二の丸内が上田城跡公園になっており、毎年花見の季節になると、多くの市民や観光客で賑わいます。また、敷地内には上田市民会館、野球場、市立博物館、招魂社などが置かれています。
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