(概要)
坂本城は、滋賀県大津市下阪本に位置し、琵琶湖の東側にある丘陵地に建てられています。この城は、戦国時代から江戸時代にかけての歴史を持ち、その美しい風景や歴史的な価値から多くの観光客や歴史愛好家に親しまれています。
坂本城の歴史は、戦国時代の戦国大名である浅井氏にまで遡ります。浅井氏の当主であった浅井亮政が、永正13年(1516)に坂本城を築城したのが始まりです。坂本城は、琵琶湖を利用した水城として知られ、戦国時代に明智光秀(1528-82)が築城した城です。大天守と小天守を持ち、城内には多くの曲輪や堀、石垣が配置され、攻撃者に対する防御力が高かったとされています。
しかし、浅井氏は織田信長との抗争に敗れ、坂本城も織田信長の手に落ちました。その後、織田信長の家臣である明智光秀が坂本城を支配し、比叡山の監視と西近江路・坂本港明智の要衝の地となりました。光秀の死後、城は再び織田氏の支配下に入りました。
天正10年(1582)、本能寺の変によって織田信長が亡くなると、坂本城は明智光秀の遺児である明智光慶が支配しました。しかし、その後の天正壬午の乱によって明智氏は滅亡し、坂本城も豊臣秀吉の手に渡りました。
秀吉の時代には、坂本城はその構造が一部改修され、さらに整備が行われました。城内には本丸や二の丸、三の丸などがあり、城下町も発展しました。秀吉の死後、坂本城は豊臣秀頼の時代になり、その後は徳川家康の手に渡りました。
江戸時代になると、坂本城は幕府の直轄領となり、城主も幕府の任命によって交代しました。しかし、城の重要性は低下し、次第に廃れていきました。明治時代には廃城となり、城の一部は解体されましたが、一部は保存されています。
現在、坂本城跡は公園として整備され、城址公園として観光客や地元の人々に利用されています。城跡からは琵琶湖や周辺の風景を一望することができ、四季折々の美しい景色が訪れる人々を魅了しています。また、城址内には歴史を紹介する展示や案内板も設置されており、歴史ファンや家族連れにも楽しめる場所となっています。
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