(概要)
苗木城跡は飛騨川と木曽川が合流する扇形の山間地にあり、日本の戦国時代に築かれた山城の一つです。標高432メートルの高森山の頂上に築かれたこの城は、自然の地形を巧みに利用しており、戦国時代の防御的機能を色濃く残す貴重な遺構です。
苗木城は、戦国時代初期に遠山氏によって築かれました。遠山氏は美濃国東部を治めた国人領主で、織田信長や徳川家康といった戦国大名に仕えながら勢力を維持してきました。特に有名なのは、信長の家臣として知られる遠山景任(とおやまかげとう)で、彼の時代に城の整備が進みました。
江戸時代になると、苗木藩が成立し、遠山氏はそのまま藩主として存続します。苗木藩は恵那郡北部から加茂郡東部に至る領地1万521石の小藩でしたが、質素倹約の精神と、地元の資源を最大限に活用した城造りが特徴です。小藩ながら苗木遠山家は関ヶ原後から幕末までの260年余、木曽川にそそり立つ城山の苗木城を居城とし、藩主遠山氏が転封されることなく存続しました。
苗木城の最大の特徴は、巨大な自然石を積み上げた石垣と、天守閣の存在感です。山の岩盤をそのまま利用し、切石ではなく自然石を積み上げている点が、他の城とは異なる点として知られています。天守閣は木造で、岩の上に直接建てられていたとされ、「石の上の楼閣」とも称されます。
また、江戸時代初期の記録によると、苗木城の天守は五重六階で、実際の石垣の上に建てられていたため、見上げると非常に高くそびえ立って見えたといいます。現存していないため、実際の姿は文献や復元模型によって知られていますが、岐阜県中津川市の「苗木遠山資料館」では、精巧な模型を見ることができます。
現在、苗木城跡は国の史跡に指定されており、石垣や曲輪などの遺構が良好に保存されています。山頂からは恵那山や中津川市街が一望でき、自然と調和した壮大な景観が訪れる人々を魅了しています。また、春には桜、秋には紅葉が美しく、登山を兼ねた観光スポットとしても人気があります。特に、現地に残る「千石垣」と呼ばれる石垣群は、野面積み(のづらづみ)の技術が如実に表れており、歴史や建築に興味のある人にとっては見応えのある場所です。(写真の説明は現地案内板を抜粋)
(アクセス)
車だと、中央自動車中津川ICから10分程です。下呂方面から国道41、256、257経由で1時間程です。バスだと、JR中津川駅前より北恵那交通バスの付知峡線に乗り苗木バス停下車して徒歩30分程です。そこから遊歩道を以下の順路で巡る。
博物館手前の無料駐車場 ⇒ 大名、家臣団墓地 ⇒ 苗木遠山資料館 ⇒ 足軽長屋跡 ⇒ 風吹門跡 ⇒ 北門跡 ⇒ 大矢倉跡 ⇒ 三の丸 ⇒ 二の丸 ⇒ 大門跡 ⇒ 綿蔵門跡 ⇒ 城下門跡 ⇒ 菱櫓門跡 ⇒ 千国井戸、本丸口門跡 ⇒ 玄関口門跡 ⇒ 本丸玄関跡 ⇒ 本丸跡 ⇒ 天守建物
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