小諸城

(概要)
 小諸城は、日本の長野県小諸市に位置する歴史的な城であり、その概要を紹介すると、多くの興味深い要素が含まれています。
 小諸城は、戦国時代から安土桃山時代にかけて、武田信玄や徳川家康などの有力な武将たちの拠点として機能しました。その歴史的な重要性は、当時の政治的状況や戦略的地位によって形成されました。
 この城は、地形的条件を利用して築かれ、山の斜面に位置し、城下町を見下ろすように配置されています。その建築様式は、当時の日本の城郭建築の特徴をよく示しており、堅固な石垣や櫓、門などが特徴です。
 小諸城は、戦国時代の動乱期に多くの攻防の舞台となりました。特に武田信玄と徳川家康の間での戦いで、小諸城は重要な戦略的拠点として機能しました。その後、江戸時代に入ると、小諸城は徳川幕府の支配下に置かれ、城の機能は変化しました。
 現在、小諸城は国の史跡に指定されており、多くの観光客や歴史愛好家が訪れる人気の観光スポットとなっています。城内には歴史資料館や展示室があり、城の歴史や関連する展示物を見学することができます。また、城からの眺めは素晴らしく、周囲の自然景観を楽しむこともできます。
 小諸城は、日本の歴史と文化における重要な遺産の一部であり、その風格と歴史的価値は今もなお多くの人々に感銘を与えています。
Map


小諸八重紅枝垂
小諸城は日本さくら名所100選に選ばれている。約500本の桜が園内を春色に染め、ソメイヨシノの他、小諸の名前を冠した「小諸八重紅しだれ」などの桜が楽しめる。毎年小諸城址懐古園桜まつりが開催されている。
酔月料金所
酔月橋を渡ると天守台に至る。
天守台
本丸を囲う石垣は約6mの高さに築かれていますが、特に北西隅に迫り出した天守台の石垣は、一段高くひとまわり大きな野面石積みで築かれています。(こもろ観光局HPより)
本丸・懐古神社
小諸城は明治4年(1871年)の廃藩置県で廃城となります。小諸城が荒廃していく様を憂いた小諸藩の元藩士らが資金を集め、小諸城三之門より城内を買い取りました。そして、本丸跡に祀ったのが懐古神社です。(こもろ観光局HPより)
三の門
慶長期から元和期(1596~1624)に、創建されました。戌の満水で、城下町の一部と共に流出したが、明和2~3年(1765~1766)に再建されました。寄棟造りの二層の渡り矢倉門(多聞矢倉門)で、石垣も切込みはぎの石積みによって築かれた。(こもろ観光局HPより)
小諸城大手門
小諸城の正門として、仙石秀久によって創建されました。創建は慶長17年といわれています。華美な装飾をはぶいた質実剛健な建築は、東日本を代表する大手門建築の一つです。(こもろ観光局HPより)