(概要)
小倉城(こくらじょう)は、福岡県北九州市小倉北区に位置する歴史的な城で、戦国時代から江戸時代にかけての歴史を有する要塞です。初代藩主小笠原長住によって築かれ、その後の慶長年間には毛利輝元、福岡藩主黒田長政による改修が行われ、城の機能が強化されました。
小倉城は、慶長5年(1600年)に初代小倉藩主として任命された小笠原長住によって築かれました。小笠原氏は、関ヶ原の戦いでの功績によって豊臣秀吉から豊前国小倉に1万石の所領を与えられ、それに伴って小倉城が築城されました。城の建造は慶長元年(1596年)から始まり、完成は慶長5年になります。
小倉城は城山(こしやま)と呼ばれる標高103メートルの丘陵地に築かれ、周囲を抱くように石垣や堀が配置されています。城郭は三の丸、二の丸、本丸、そして天守閣から構成され、外郭には櫓や門、堀などが配置されています。城内には多くの石垣が残り、その石組みの技術は優れているとされています。
慶長12年(1607年)、小笠原氏は毛利輝元によって改易され、毛利氏の一族である吉川広家が小倉藩主となります。その後、慶長19年(1614年)からは福岡藩主として知られるようになった黒田長政が小倉城を藩政拠点としていくつかの改修を行い、城の規模や機能が強化されました。
特に、黒田長政の時代には小倉城に多くの改修が加えられ、城の機能が強化されました。慶長19年(1614年)には本丸御殿が再建され、慶長20年(1615年)には本丸二重櫓や、天守閣が完成しました。これにより、小倉城は威厳を増し、城内の機能も向上しました。
しかし、時代が経つにつれて城の重要性は次第に低下し、明治時代初頭には廃城令により多くの建造物が解体されました。その後、現在の小倉城は昭和39年(1964年)になってから復元工事が始まり、天守閣や櫓、門などが再建・復元されました。昭和49年(1974年)には本丸御殿も復元され、城内には歴史資料館も併設されています。
現在の小倉城は、その歴史的価値と美しい姿勢から観光地として人気があります。城内には福岡市立小倉城博物館があり、城の歴史や関連資料が展示されています。また、城周辺は公園として整備され、四季折々の風景が楽しめる場所として親しまれています。城自体が地元の歴史や文化を象徴する存在となり、多くの来訪者に歓迎されています。
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