観音寺城

(概要)
 観音寺城は、滋賀県近江八幡市安土町にある山城です。標高432.7mの繖山(きぬがさやま)山頂から南山麓にかけて広がる大城郭で、中世五大山城の一つに数えられます。
 観音寺城の築城時期は定かではありませんが、南北朝時代初期に佐々木氏頼が築いたとされています。その後、佐々木氏、六角氏、織田氏と城主が変わり、戦国時代には近江国守護・六角氏の居城として栄えました。
 六角義賢は、観音寺城を大規模に改修し、山上の本丸を中心に、大小様々な曲輪を配した堅固な城郭に整備しました。また、城下町・石寺を整備し、楽市・楽座を開くなど、領内の統治にも力を注ぎました。
 しかし、永禄11年(1568年)、織田信長との戦いに敗れて観音寺城は落城し、六角氏は滅亡しました。その後、観音寺城は織田氏の支配下に置かれ、信長の家臣・丹羽長秀が城主となりました。
 天正10年(1582年)、本能寺の変で信長が亡くなると、観音寺城は羽柴秀吉の支配下に置かれました。秀吉は、小牧・長久手の戦いで勝利した後、観音寺城を廃城にしました。
 観音寺城は、山頂部に本丸、その周囲に伝平井丸、伝池田丸、伝佐々丸などの曲輪が配されています。また、山腹には家臣たちの屋敷跡や城下町が広がっていました。
 観音寺城の特徴は、何と言ってもその石垣です。山頂部から山腹にかけて、大小様々な石垣が築かれており、当時の築城技術の高さをうかがうことができます。特に、本丸の石垣は野面積みと呼ばれる技法で積まれており、非常に堅固な造りとなっています。
 現在の観音寺城は、天守閣などの建物は残っていませんが、石垣や曲輪などの遺構は良好に残されています。山頂部からは、琵琶湖や周辺の山々を一望することができます。
 観音寺城跡は、国の史跡に指定されており、無料で公開されています。城跡には、観音寺城跡歴史公園が整備されており、散策やハイキングを楽しむことができます。
Map


石寺参道
 
観音正寺
 
 
 
伝本丸跡
 
裏虎口
食い違い虎口です。
 
 
伝平井丸虎口
巨大な石を用いた平虎口です。
大石垣
 
大手道入口