金沢城

(概要)
 金沢城は、加賀国石川郡尾山(現在の石川県金沢市丸の内)にあった日本の城で、江戸時代には加賀藩主前田氏の居城でした。城址は国の史跡に指定されており、城址を含む一帯は金沢城公園として整備されています。
 金沢城は、金沢平野のほぼ中央を流れる犀川と浅野川とに挟まれた小立野台地の先端に築かれた、戦国時代から江戸時代にかけての梯郭式の平山城であり、かつて「尾山」と呼ばれたのもこの地形にちなみます。
 この地は加賀一向一揆の拠点で浄土真宗の寺院である「尾山御坊」であった。織田信長が一揆を攻め落とし、跡地に金沢城を築いて佐久間盛政を置きました。後に盛政が賤ヶ岳の戦いで羽柴秀吉により討たれ、秀吉は金沢城を前田利家に与えました。
 利家は文禄元年(1592年)から改修工事を始め、曲輪や堀の拡張、5重6階の天守や櫓を建て並べました。また、この頃から金沢城という名称が定着しました。
 明治以後、終戦までは陸軍の拠点、その後、平成7年までは金沢大学キャンパスとして利用されてきました。現在、金沢大学は金沢市郊外の角間地区に移転しましたが、この総合移転計画に合わせ、平成3年8月に設置した「金沢大学跡地等利用懇話会」で検討を重ね、平成5年3月に「公園的、文化的利用を基本とする」との提言を受け、金沢城の公園化に向けた動きが始まりました。
 金沢城の貴重な歴史的文化遺産を後世に継承し、兼六園と並ぶ県都金沢のシンボル公園として、また、本県の歴史・文化・伝統を継承する「象徴」として、本県の豊かな文化土壌に一層の厚みを加えるとともに、県下の交流人口の拡大と都心地区の魅力向上を図ります。Map