鎌刃城

(概要)
 鎌刃城は、滋賀県米原市にある標高384mの山稜に位置する中世の山城跡です。南北朝時代から戦国時代にかけて、京極氏、六角氏、浅井氏などの支配を受け、北近江と南近江の国境を守る「境目の城」として重要な役割を果たしました。2005年には国の史跡に指定され、2017年には続日本100名城にも選定されています。
 鎌刃城の築城年代は明確ではありませんが、南北朝時代の14世紀頃に京極氏によって築かれたと考えられています。その後、六角氏、浅井氏と支配者が移り変わり、戦国時代の永禄年間(1558年~1570年)には浅井長政の家臣・堀秀村が城主を務めました。
 天正2年(1574年)、織田信長による近江攻略が始まると、堀秀村は信長に降伏し、鎌刃城は織田方の城となります。しかし、同年中に堀秀村は改易され、鎌刃城は廃城となりました。
 鎌刃城は、山頂部を削平して造られた平坦地に、土塁と石垣を築いて城郭を形成しています。主郭を中心に、北曲輪、南曲輪、西曲輪などの曲輪が配置され、各曲輪は堀切で区画されています。
 主郭には、天守閣があったと推定されていますが、現在は礎石のみが残っています。また、城内には井戸や水の手などの遺構も確認されています。
 鎌刃城の見どころは、なんといってもその壮大な土塁です。主郭を囲む土塁は高さ約10メートル、幅約20メートルにも達し、当時の築城技術の高さを感じることができます。
 また、城跡からは、琵琶湖や伊吹山などの素晴らしい景色を眺めることができます。
 鎌刃城は、戦国時代の「境目の城」として重要な役割を果たした山城跡です。壮大な土塁や美しい景色は、今もなお多くの人々を魅了しています。歴史好きな人はもちろん、誰でも楽しめる観光スポットです。 Map


大手口
宿場通りの鎌刃城跡約2.0kmの道標の所から民家の路地に入って行く。名神高速道路下ゲートを抜けて右折して、菅公の腰掛石前を通過して、池に沿って進む。
蓮華寺分岐点
あと1kmの標識あたりにある蓮華寺分岐点です。蓮華寺は、元弘3年(1333)の後醍醐天皇の倒幕運動で、幕府に反旗を翻した足利尊氏らに攻め落とされた六波羅探題北方の北条仲時をはじめとする430余名が自刃した寺として知られる。
大堀切
堀切の最大幅約25m、堀底までの深さは約9mで鎌刃城跡で最大規模を有する。北の曲輪には4つの堀切が作られている。
大石垣
高さは約4m、長さは約30mで、防御目的ではなく郭群の斜面崩壊を防ぐためと考えられる。
桝形虎口跡
礎石から薬医門という形式の門があったと考えられる。
大櫓跡
土塁で囲っている曲輪で、窪みには礎石が残っている。
展望台から琵琶湖北部
 
主郭
主郭は石垣で周囲を囲っている。
主郭虎口
枡形虎口で、前面は高石垣が積まれている。
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