(概要)
掛川城は、遠江国佐野郡掛川(現在の静岡県掛川市掛川)にあった日本の城で、東海道を扼する遠江国東部の中心、拠点として掛川はしばしば争奪戦の舞台となりました。朝比奈氏によって逆川の北沿岸にある龍頭山に築かれたとされ、現在見られる城郭の構造の基本的な部分は安土桃山時代に同地に入封した山内一豊によるものです。
本丸を中心に、西に搦手、南東に大手を開き、北に天守曲輪である天守丸、その北に竹之丸、南に松尾曲輪、西に中の丸、東に二ノ丸と三ノ丸、その南を惣構えで囲んだ梯郭式の平山城でした。
明治以降は、廃城令によって廃城処分とされ建物の一部を残して撤去され、道路や庁舎の建設によって大半の遺構が撤去されています。現在は、1854年に倒壊した天守や大手門などの一部の建物、塀が復元され、堀や土塁、石塁の復元が行われています。
また、掛川城は、2006年に日本100名城(43番)に選定されています。
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