福知山城

(概要)
 福知山城(ふくちやまじょう)は、福知山市にある歴史的な城で、日本の城郭の中でも独特の特徴を持つものの一つです。
 福知山城は、京都府北部の福知山市に位置しています。築城年代については諸説ありますが、主に戦国時代中期の1569年から1579年にかけて、足利義昭の家臣であった明智光秀によって築かれたとされています。この頃、光秀は織田信長に仕えており、福知山城は彼の拠点として機能しました。また、城の建造には後に豊臣秀吉となる豊臣秀秋も関与しています。
 福知山城は、その特異な形状から「四角い城」として知られています。通常の城郭が円形や不規則な形をしているのに対し、福知山城は四方を等しい長さの城壁で囲まれ、外見が整然とした四角形をしています。この独特の形状は、当時の戦国時代の戦略や地勢を考慮して築かれたもので、城内の利便性や防御力を高めるための工夫が凝らされています。
 城の主要な構造物には、二層の天守閣や石垣、櫓、門などが含まれています。特に天守閣はその堂々たる姿勢から、城のシンボルとなっています。また、城内には広場や井戸、武家屋敷、商人町などが配置され、城下町としての機能も果たしていました。城下には福知山街道が通り、交通の要所としても栄えました。
 戦国時代から安土桃山時代、江戸時代初期にかけて、福知山城は様々な戦乱や時局を経験しました。特に、光秀が本能寺の変で信長を討ち果たした後、福知山城は光秀の拠点として一時的ながら繁栄しました。しかし、その後、光秀の没落とともに城も衰退し、徳川家康の家臣である浅野長政が城主となります。
 江戸時代に入ると、福知山城は幕府直轄領となり、城主は幕府から任命される形となりました。城は城下町とともに徐々に発展しましたが、明治時代初頭には廃城となりました。その後、昭和時代になり、福知山城の再興や保存が進められ、現在は国の史跡に指定されています。
 福知山城はその独特の城郭構造や歴史的背景から、歴史愛好者や観光客にとって魅力的な観光スポットとなっています。城内は美しい庭園や歴史的建造物が広がり、訪れる人々に戦国時代から江戸時代へのタイムトリップを楽しむ機会を提供しています。
(アクセス)
 北陸自動車道丸岡ICから約5分です。国道8号線「一本田中第2」交差点から東方へ約2分です。 Map