(概要)
福岡城(ふくおかじょう)は、福岡市中央区に位置する歴史的な城で、戦国時代に築かれた城郭です。初代藩主黒田長政によって整備され、江戸時代を通じて黒田藩および後の福岡藩の中心地として栄えました。
福岡城は、豊臣秀吉の命により文禄元年(1592年)に筑前国の戦略拠点として築城が開始され、慶長3年(1598年)には黒田長政によって完成されました。この時期、長政は豊臣秀吉の重臣として、朝鮮出兵に従軍し、その戦功により豊前国に1百万石の大名として封じられました。これに伴い、福岡城が築かれ、城下町も整備されました。
福岡城の位置は、博多湾に面し、陸続きの島(現在の大濠公園一帯)を利用して築城されました。城郭はその地勢を生かし、海との交通路を確保するとともに、敵対勢力からの攻撃を防ぐために外堀や石垣、堀切を有しています。また、城の中心には天守が配置され、その周りに本丸、二の丸、三の丸などが配置されています。
慶長20年(1615年)、大坂夏の陣において黒田軍が功績を挙げたことで、黒田家は更なる拝領を受け、その時に本丸御殿や二の丸御殿、また櫓や門などが整備され、城の構造が充実されました。特に、本丸御殿は豪華な造りで知られ、城内には多彩な庭園が造成されました。
福岡城は、藩政時代を通じて城下町の発展とともに繁栄し、商業や文化の中心地として栄えました。城下には商家や武家屋敷が立ち並び、特に博多商人の繁栄が際立っていました。また、江戸時代中期には藩主黒田重政の時代に城下に福岡藩学(藩校)が設立され、学問や文化の振興が行われました。
明治時代に入り、廃藩置県によって福岡藩は消滅し、城もその機能を終えました。一時期は学校や役所の庁舎として使用されましたが、現在の天守や櫓は昭和22年(1947年)に再建されたものです。その後も城址一帯は整備され、福岡市のシンボル的存在として親しまれています。
福岡城は現在、天守や城内の建物が再建・復元され、城内には福岡市博物館があり、城の歴史や文化、地域の発展などが展示されています。城周辺は大濠公園として整備され、散策や桜の名所としても知られています。また、城下は博多の中心地であり、歴史的な建築物や観光スポットが点在し、多くの観光客や地元住民に親しまれています。
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