(概要)
備中高松城は、岡山県岡山市北区高松にある山城です。別名、高松城、沼城と呼ばれています。天正10年(1582年)に羽柴秀吉による水攻めで落城したことで有名です。現在は、高松城址公園として整備されており、石垣や土塁などの遺構を見ることができます。
備中高松城は、永禄元年(1568年)頃に、三村氏家臣の石川久式によって築かれたとされています。その後、毛利氏の支配下に入り、天正3年(1575年)には清水宗治が城主となりました。天正10年(1582年)、織田信長の命を受けた羽柴秀吉は、毛利氏攻略のため備中高松城を攻めます。清水宗治は徹底抗戦しますが、秀吉は黒田官兵衛の策を用いて、足守川をせき止め、城を水没させます。城主・清水宗治は自刃し、城は落城しました。
備中高松城は、標高約140メートルの丘陵上に築かれた平山城です。本丸、二の丸、三の丸からなり、石垣や土塁で囲まれていました。本丸には、天守閣があったと推定されています。城の周囲には、深い堀や沼が設けられており、水攻め対策が施されていました。また、城内には、兵士の居住区や食料貯蔵庫などの施設もありました。
備中高松城の見どころは、なんといっても水攻めの遺構です。現在も、足守川をせき止めた堤防や、水没した石垣などが残っています。また、城跡には清水宗治の自刃碑や首塚などの史跡もあり、当時の戦の様子を偲ぶことができます。高松城址公園からは、岡山市街や吉備津彦神社などの景色を眺めることもできます。
備中高松城は、水攻めによって落城した悲劇的な城として有名ですが、その壮大な遺構は、今もなお多くの人々を魅了しています。歴史好きな人はもちろん、誰でも楽しめる観光スポットです。
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