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フランス人の道巡礼日誌_その1(Le Chemin d’frances)

( フランス人の道 : St Jean Pied de Port ⇒ León)
- 2010/5/25~6/12 -

はじめに

 フランスのアルルを4月24日にスタートして約1ヶ月、今日から世界遺産のカミーノフランセに足を踏み入れる。巡礼道はフランスからスペインに変わる。挨拶もボンジュールからオラー、ボンシュマンからブエンカミーノに変わる。今年は、聖ヤコブ大祭年で「聖なる門」が開かれる年です。次に開かれるのは11年後です。従って、巡礼者の数は例年より相当多い。そんな記念すべき年の巡礼が、どんな展開をしたのか簡単に記した。巡礼を成就すると、何か素晴らしいことがあると言われているが、それも楽しみです。1ヶ月程をかけて、スペインの歴史、文化を感じ、広大な自然を満喫した初めてのスペインの旅だった。
巡礼日誌には参考のために、解っている範囲でタイム、距離、累計距離(サンジャン.ピエド.ポーとアルルからとその合計)、値段を明記した。写真は文書内に赤書きした。

(フランス人の道_St Jean Pied de Port~León)

2010年5月25日(火) 晴

距離=26.0Km 累計距離=26.0Km+810.5Km=836.5Km 所要時間=6時間00分

St(サン) Jean(ジャン) Pied(ピエ) de(ド) Port(ポル)(7:30 2時間30分) ⇒ Biakorri(ビアコッリ)のマリア像(10:00 2時間30分) ⇒ Lepoeder(レオポエデール)峠(12:30 30分) ⇒ Ibañeta(イバニェタ)(13:00 25分) ⇒ Orreaga/Roncesvalles(ロンセスバージェス)(13:25)
 今日は6時30分スタート。巡礼路の入り口が解らず、付近をいったりきたりで1時間のロスで、結局7時30分スタートとなる。巡礼路はアスファルト舗装の道路で、快調に進む。アルルルートとは違い巡礼者数が圧倒的に多く、道に迷うことはなさそうである。途中見晴らしの良いBiakorri(ビアコッリ)のマリア像前で休憩する。360度さえぎるもののない絶景である。このあたりから、天気はいいがアゲインストの強風に体力を奪われる。スペインに入るとりっぱな道標がこきざみに建てられている。ピレネ越え最高点のLepoeder(レオポエデール)峠(1430M)まで追い越されることなく、50人程追い越す。1人高校生らしき若者と前後した。峠近くでフランス人のおばあさんがマイペースで登っており、ブエンカミーノと挨拶して追い越した。レオポエデール峠では多くの巡礼者が休憩していた。峠からの眺めは素晴らしかったが、風が強いため少し峠を下った木陰で昼食とした。そこからは巡礼路ではなく、巡礼窓口で薦められたIbañeta(イバニェタ)へ続く展望の良い道路を下った。Ibañeta(イバニェタ)峠(1057M)には77.8,1967と記された、剣と鎖を剥れた「Roldan(ローラン)の碑」が建っている。
 そこのErmita de San Salvador de Ibañeta(サン・サルバドール礼拝場)は歴史ある建物だという。そこからの道も道標があったので巡礼路の一つのようだ。山道をOrreaga/Roncesvalles(ロンセスバージェス)に向かい、13時25分Real Colegiata de Santa María de Roncesvalles(カトリック教会)に着いた。アルベルゲは16時からの受付で、早く着きすぎた。聖母ロンセスバジェス教会と修道院以外何もない村だった。待ち時間何もすることがなく、Barでビールをを飲んだりするが退屈だった。Albergue antiguo de Roncesvalles(アルベルゲ)は1ルームの大部屋だった。シャワルームでスリップして尻と足を打つ。夕食は昼間のBarで例によって9€のペルギノ-ルとした。とにかく夜が長い。
2010年5月26日(水) 晴

距離=27.0Km 累計距離=53.0Km+810.5Km=863.5Km 所要時間=7時間10分

Orreaga/Roncesvalles(ロンセスバージェス)(6:50 35分) ⇒ Auritz/Burguete(ブルゲテ)(7:25 50分) ⇒ Aurizberri/Espinal(エスピナル)(8:15 1時間15分) ⇒ Biskarreta(ビスカレタ)-Gerendian(ゲレンディアン)(9:30)  ⇒ Zubiri(スビリ)(12:00 2時間)  ⇒ Larrasoaña(ララソアニャ)(14:00)
 6時電気の点灯と音楽で起こされる。耳栓がよかったのか良く寝られた。スタート直後にサンチャゴまで790Kmの表示板を見た。Auritz/Burguete(ブルゲテ)のIglesia de San Nicolás de Bari(教会)とAurizberri/Espinal(エスピナル)のParroquia de San Bartolomé(教会)を写真に撮り、Mezkiritz峠(922M)を8時30分に通過した。Biskarreta(ビスカレタ)-Gerendian(ゲレンディアン)の鄙びたParroquia de San Pedro(教会)を9時30分、Zubiri(スビリ)のParroquia de San Esteban(教会)を12時と順調に歩を進めビール休憩とする。Larrasoaña(ララソアニャ)には14時に到着する。さっそくLarrasoaña(ララソアニャ)のアルベルゲの受付を済ませ、シャワーを浴び洗濯を済ます。レストランはなかったので、近くのペンションに行きビールを飲む。今夜はパンで我慢する。明日は9時出発に決める。足の痛みはまだ続く。
2010年5月27日(木) 晴

距離=16.5Km 累計距離=69.5Km+810.5Km=880.0Km 所要時間=4時間25分

Larrasoaña(ララソアニャ)(7:15 1時間20分) ⇒ Irotz(イロツ)(8:35 20分) ⇒ Zabaldika(サバルディカ)(8:55 1時間5分) ⇒ Villava(ビジャヴァ)(10:00 1時間40分) ⇒ Pamplona(パンプローナ)(11:40)
 6時頃から出発準備する者がいて目が覚める。Puente(プエンテ) la(ラ) Reina(レイナ)まで足を延ばすつもりなのか。7時前にはほとんど出発する有様で、9時スタート予定が7時15分になってしまった。Irotz(イロツ)(8:35)のIglesia de San Pedro(教会)を通過して、Zabaldika(サバルディカ)のIglesia de San Esteban(教会)に立ち寄る。Iglesia de San Esteban(教会)Villava(ビジャヴァ)市街地手前のウルマサ川に架かるBatán Villava/Atarrabia(石橋)を9時55分に通過する。Pamplona(パンプローナ)まではフラットな道が続く。10時40分頃、同じような青の目立つ図柄のあるIglesia De Nstra. Señora Del Rosario(教会)とIntia(官公舎)前を通過する。教会には寄らず、Barで騒ぐ集団を多く見受けられ、ほんとうに巡礼の旅なのか疑う。アルルルートとは大違いだ。
 アルガ川のマグダレナ橋を渡り、Portal de Francia(城門)を潜ると、Pamplona(パンプローナ)旧市街地に入る。アルベルゲを探すのに時間がかかり、14時45分の到着となった。19時30分頃までPamplona(パンプローナ)旧市街地を散策する。Ayuntamiento de Pamplona - Iruñeko Udala(市庁舎)を経由して、工事中のCatedral de Pamplona(大聖堂゙)に行き、堂内の見学をする。
 そこから、石垣で築かれたRevellín de los Reyes(史跡)Plaza de la Libertad(公園)等を当てもなく見学する。19時30分から20時までたまたま立寄った教会のミサに参加した。アルベルゲに帰る途中で、奇妙な装束をした一向に出くわす。クレジットが使える公衆電話で娘に電話(4,317円)すると、ピレネ越え途中で足を痛め、予定の28日Puente(プエンテ) la(ラ) Reina(レイナ)到着が1日伸びることを聞かされる。こちらで1日調整するため、明日Uterga(ウテルガ)に泊まることにした。今夜のアルベルゲで日本人に始めて会った。彼女は6月18日バルセロナを観光後、ルルド経由でSt(サン) Jean(ジャン) Pied(ピエ) de(デ) Port(ポル)から歩き始めた。Pamplona(パンプローナ)ではバスで30分程行った大西洋に面したSan(サン) Sebastian(セバスチャン)に遊びに行く予定だった。しかし、クレジットカードが使用不能になり、その計画はあきらめたようだ。Santiago(サンチャゴ) de(デ) Compostela(コンポステーラ)に7月8日の到着を目指している。
2010年5月28日(金) 曇のち晴

85.6Km+810.5Km=896.1Km 所要時間=4時間30分

Pamplona(パンプローナ)(8:30 1時間30分) ⇒ Cizur(シスル) Menor(メノール)(10:00 1時間25分)  ⇒ Zariquiegui(サリキエグイ)(11:25 30分)  ⇒ Perdon(ペルドン)峠(11:55-12:15 45分) ⇒ Uterga(ウテルガ)(13:00)
 今日も7時30分頃からの出発準備の騒がしさで目が覚めた。出発は8時30分で、途中雨が降るかと心配したが何とか持った。Cizur(シスル) Menor(メノール)入り口にあるIglesia de San Emeterio y San Celedonio(教会)を10時、墓地近くの奇妙な形の道標を11時15分、Zariquiegui(サリキエグイ)のSan Andrés Church(教会)を11時25分に通過する。30分程、農道を歩くとPerdon(ペルドン)峠に着く。Perdon(ペルドン)峠からの眺めはPamplona(パンプローナ)側、Puente(プエンテ) la(ラ) Reina(レイナ)側ともさえぎるものがなくすばらしかった。尾根沿いに風力発電用風車がすごい数で壮観だった。まわりも風車だらけだった。そこには巡礼者を模ったオブジェがあった。ここも風がきつく肌寒かった。2回道に迷い、マリアの像から7分でUterga(ウテルガ)に13時到着した。アルベルゲは10€、夕食12€だった。本日の泊まりは10名で、私以外は全員女性だった。
2010年5月29日(土) 快晴

距離=7.9Km 累計距離=93.5Km+810.5Km=904.0Km 所要時間=1時間30分

Uterga(ウテルガ)(8:00 50分) ⇒ Obanos(オバノス)(8:50 40分) ⇒ Puente(プエンテ) la(ラ) Reina(レイナ)(9:30-11:10 30分)  ⇒ Obanos(オバノス)(11:40-13:10 40分) ⇒ Eunate(エウナテ)(13:50-14:10 1時間10分) ⇒ Puente(プエンテ) la(ラ) Reina(レイナ)(16:00)
 今日は距離が短いので、アルベルゲで最後のチェックアウトになった。9時30分に目的地Puente(プエンテ) la(ラ) Reina(レイナ)に到着した。Santiago(サンチャゴ)教会の10時からのミサに参加し、10時30分に終わった。それから下着を買うため、ツーリストオフィス付近をうろうろしていると、偶然クララさんに会った。まさか再会すると思わなかったので、感激のあまりハグをする。そこで娘の状況を教えてもらった。バスの発車時間がせまっているということで、記念写真を撮って別れた。アルガ川に架かっている5基の半円形アーチをもつロマネスク橋「王妃の橋」を渡って、小高いところに上がり、町を眺めて時間潰しをした。その後、アルルルートの分岐点Obanos(オバノス)まで戻って娘を待つことにした。Obanos(オバノス)でおばさんにアルルルートへの道を尋ねると、わざわざ道案内してくれたので、アルルルートの分岐点を少し入った小高い丘まで行った。13時過ぎまで待つがなかなか来ないので、更に先に行った。Eunate(エウナテ)の畑の中に建つ8角形の礼拝堂Ermita(エルミタ)(世界遺産)にたくさん人がいたので、そこで待つことにした。そこにフランス人のジェラードとベルギー人のマルコに会い、娘は30分程で来るといわれた。程なく娘が到着して、Puente(プエンテ) la(ラ) Reina(レイナ)まで引き返した。町入り口付近のアルベルゲに宿を取った。夕食は17時30分からジェラード、マルコと5月17日に出会ったフランシス夫婦とその友達とご一緒した。
2010年5月30日(日) 晴

距離=22.0Km 累計距離=115.5Km+810.5Km=926.0Km 所要時間=5時間55分

Puente(プエンテ) la(ラ) Reina(レイナ)(7:05 1時間45分) ⇒ Cirauqui(シラウキ)(8:50 1時間50分) ⇒ Lorca(ロルカ)(10:40 1時間30分) ⇒ Villatuerta(ビジャトゥエルタ)(12:10 50分) ⇒ Lizarra/Estella(エステージャ)(13:00)
 Puente(プエンテ) la(ラ) Reina(レイナ)を7時5分に出発する。「王妃の橋」で写真を撮り、Puente(プエンテ) la(ラ) Reina(レイナ)の町とお別れする。Mañeru(マニェル)の(教会)を8時17分に通過して、暫く進むと高台にCirauqui(シラウキ)の集落が見えて来た。Cirauqui(シラウキ)のBarで千葉市出身のSさんと会う。彼はスペイン語が堪能で、何度かスペインに来たことがあり詳しかった。Cirauqui(シラウキ)村を越えて丘を下る所に、ローマ時代の街道と橋があった。SさんとLorca(ロルカ)のBarで再会し、ビールを共に飲んだ。20日までにSantiago(サンチャゴ) de(デ) Compostela(コンポステーラ)に行き、その後東ヨッロッパを周遊して7月中旬頃帰国する予定と聞く。Villatuerta(ビジャトゥエルタ)のIglesia De La Asunción(教会)で子供の洗礼式を見物する。
 十字架と道標を通過して、星降る町Lizarra/Estella(エステージャ)に13時に着く。Estella(エステージャ)はエガ川に沿った見所一杯の美しい町です。アルベルゲで長い休憩の後、17時頃から散策に出かける。先ず、Iglesia Santa Maria Jus del Castillo(教会)に行く。そこから、丘の上に聳え立つ13世紀初頭のロマネスク教会Iglesia de San Pedro de la Rúa(サンペドロ・デ・ラ・ルア教会)と傾斜地に張り付いた民家を眺める。その他にも教会がやたら多く見受けられる。エガ川に架かったPuente de la cárcel(カルセル橋)を渡ったところのBarで、Sさんとビールを飲む。その後、丘の上の教会や、古い建物、エガ川等を見て過ごした。20時頃食事をしていたら、たまたまSさんも同じ店に来た。食事中、日本のニュースが話題になり、管総理になったこと、円高(1€:出発時点127円、現時点112円)が進行していること等、ひさしぶりに日本のことを聞いた。
2010年5月31日(月) 晴

距離=29.6Km 累計距離=145.1Km+810.5Km=955.6Km 所要時間=8時間30分

Lizarra/Estella(エステージャ)(7:00 2時間5分) ⇒ Villamayor(ビジャマヨール) de(デ) Monjadin(モンハルディン)(9:05 2時間55分) ⇒ Los(ロス) Arcos(アルコス)(12:00 3時間30分) ⇒ Torres(トレス) del(デル) Rio(リオ)(15:30)
 朝食を摂り、7時出発する。誰もが立ち寄るFuente del Vino en las Bodegas de Irache(ワインの泉)に行くが、ワインは出ず記念写真であきらめる。娘は大勢の巡礼者とワインの補給がある9時過ぎまで待ったが、来なかったらしい。隣にはMonasterio de Santa María de Irache(イラーチェ修道院)がある。小高い山の上にちょこんと乗ったCastillo de Monjardín(城塞)が見える。通称「とんがり山」といわれ、裾野にVillamayor(ビジャマヨール) de(デ) Monjadin(モンハルディン)村の集落が開ける。
 麦畑の中を歩いていると、羊の大群に会い、しばらく待たされた。Los(ロス) Arcos(アルコス)に12時到着、Iglesia de Santa María(サンタ・マリア教会)前のBarでビールを飲み、13時頃Sさんと別れる。途中2ルートに別れていたので、私は山ルートを選択した。足の速いドイツ人の青年を追いかけるかっこうで歩いた。途中パンの行商に会い青年とともにパンを買い求めた。しばらく歩くと、休憩中の青年に追いつき、サラミとリンゴを頂く。巡礼路は草原の1本道、麦、オリーブ、荒地のフラットな道である。巡礼者はとぎれることなく、多種多様な人種と言葉に接する。フランスの巡礼路とは様違いだ。また英語による会話が増えた。Torres(トレス) del(デル) Rio(リオ)に15時30分に到着する。アルベルゲは満室だった。高台にIglesia de Sansol(サン・ソル教会)、近くにIglesia del Santo Sepulcro(サン・セピュルクル教会)が見える。19時30分頃から夕食が始まり、大勢の顔見知りの巡礼者との楽しい集いとなる。
2010年6月1日(月) 晴

距離=20.4Km 累計距離=165.5Km+810.5Km=976.0Km 所要時間=7時間00分

Torres(トレス) del(デル) Rio(リオ)(7:30 2時間30分) ⇒ Viana(ビアナ)(10:00-11:00 3時間30分) ⇒ Logroño(ログローニョ)(14:30)
 Torres(トレス) del(デル) Rio(リオ)を7時30分に出発する。Viana(ビアナ)に10時到着、そこでParroquia de la Asunción de Santa María(サンタ・マリア教会)を見て、食事をしていたら、出発が11時となる。そこでSさんと再開し、Logroño(ログローニョ)に向かう。Pontano(ポンタノ) de(デ) las(ラス) Canas(カナス)湖畔で昼食を取る。SさんはLogroño(ログローニョ)手前のキャンプ場に泊まるので、ここで最後の別れとなる。SさんはここでテントをSantiago(サンチャゴ) de(デ) Conpostela(コンポステーラ)の郵便局止めで送るという。田園の中の歩行で、Logroño(ログローニョ)には14時30分に着く。アルベルゲを捜していると韓国人女性に会い、教会の宿を紹介されとりあえずそこに荷物を下ろす。娘を捜していると手前のアルベルゲ(5€)にいたのでそこに移る。近くの教会で19時30分に会う約束をして娘と別れる。16時頃から市内見学に出かけ、Concatedral de Santa María de la Redonda(サンタ・マリア大聖堂)付近を歩いているとSさんに再会する。Plaza Alferez Provisonl(アルフェレス.プロピシオナル広場)にあるカフェで簡単な食事をSさんと摂る。そこから時間潰しに、Muralla del Revellín史跡を見て、Parroquia de Santiago Real(教会)のミサに参列する。待合わせ場所の教会に戻るが、娘は来なかったので、一人19時30分から20時までミサに参加してアルベルゲに戻った。なかなか娘は帰らず、結局夕食のタイミングを失する。このアルベルゲは良くなかった。フランス人夫婦等3人が近くに泊まっていた。
2010年6月2日(水) 晴

距離=31.0Km 累計距離=196.5Km+810.5Km=1,007.0Km 所要時間=10時間15分

Logroño(ログローニョ)(6:45 3時間30分) ⇒ Navarrete(ナバレテ)(10:15-11:00 1時間40分) ⇒ Ventosa(ベントサ)(12:40-13:30 3時間30分)  ⇒ Nájera(ナヘラ)(17:00)

 今朝も6時前から騒がしい。6時45分に出発する。簡単な食事を喫茶店で採る。Grajera(グラヘラ)貯水池の横を通っていると、釣りをしている人を見かけた。森ではリスが木に登っていくのを発見した。のどかな風景の中を進み、Navarrete(ナバレテ)に10時15分に着いた。そこで堂内が金ピカの教会を見学して11時出発する。だらだらとした何の変哲もない巡礼路で、12時40分Ventosa(ベントサ)の教会に着く。教会下のBarでビールを飲んでいると、程なく娘も到着する。教会で昼寝している巡礼者を横目に、13時30分出発。ワイン畑、ワイン工場やAleson leyendas jacobeasと表示があるイスラムの祠を見ながら、途中巡礼路沿いのベンチで1時間の休憩を入れ、Nájeraに17時に着く。アルベルゲは橋を渡って、ナヘリリャ川沿いを左へしばらく行った所にあった。娘はどういうわけか先着していた。そこで日本人3人と会った。72歳で摂津市出身のMさんと夕食に出かける。レストランの場所をアルベルゲに聞いて出かけたが捜すのに苦労した。あと2人は親子で、娘がパンプローナの大学に留学中で、卒業が近いので記念に父親を呼んで巡礼をしている。MさんはNHKのテレビ、親子のおとうさんは映画を見たのが動機だという。非常に仲の良い親子だった。
2010年6月3日(木) 快晴

距離=27.5Km 累計距離=224.0Km+810.5Km=1,034.5Km 所要時間=7時間30分

Nájera(ナヘラ)(6:45 4時間) ⇒ Cirueña(シルエニャ)(10:45 1時間15分) ⇒ Sainto(サント) Domingo(ドミンゴ) de(デ) la(ラ) Calzada(カルサーダ)(12:00-12:45 1時間30分)  ⇒ Grañon(グラニョン)(14:15)

 Nájera(ナヘラ)のアルベルゲを、昨日同様早朝の6時45分にスタートする。Monasterio de Santa María la Real(修道院)が朝日で、朱に染まっていた。急坂の上りを越え、麦畑の中の1本道を延々と歩いた。途中ゴルフ場を少し越えた町Cirueña(シルエニャ)に新しくアルベルゲがオープンしていた。
 Sainto(サント) Domingo(ドミンゴ) de(デ) la(ラ) Calzada(カルサーダ)に12時に着き、昼食とCathedral of Santo Domingo de la Calzada(大聖堂)を見学した。Calzada(カルサーダ)とは「石畳の道」という意味で、「聖ドミンゴ」ゆかりの地である。大聖堂内には豪華な鶏小屋がある。この町の伝説により、14世紀以来雌雄1対の鶏を飼い続けているらしい。そこを12時45分に出発し、Ermita del Puente(チャペル)横を通り、オハ川に架かる石橋を越え郊外に出る。道中畑ばかりの何も無いところに、十字架が一際目立つ。Grañon(グラニョン)に14時15分に着く。Iglesia de San Juan Bautista(教会)のアルベルゲにもぐりこむ。日本人3人も既に到着していた。
2010年6月4日(金) 快晴

距離=21.3Km 累計距離=245.3Km+810.5Km=1,055.8Km 所要時間=6時間30分

Grañon(グラニョン)(7:30 1時間25分) ⇒ Castildelgado(カスティルデルガド)(8:55 3時間5分) ⇒ Belorado(ベロラド)(12:00 2時間) ⇒ Tosantos(トサントス)(14:00)

 教会のアルベルゲで6時30分からの朝食を済ませ、7時30分に出発する。、Castildelgado(カスティルデルガド)のErmita de Santa María del Campo教会を8時55分に通過すると、30分程先にSantiagoまで576Kmの道標を見つける。ここまで1時間約4Kmのスピードで、Belorado(ベロラド)のアルベルゲに12時に着く。娘は12時20分に着く。今日も雲一つなく暑い日である。14時にTosantos(トサントス)に着き、教会系アルベルゲの予約をする。16時頃丘の中腹にある岩をくりぬいたErmita De La Virgen De La Peña教会を訪れる。その丘からの眺めはスペインそのものだった。18時にその教会がホスピタレーロによって扉が開かれ説明を受ける。その後、巡礼者夫婦のすばらしい賛美歌が披露された。夕食はそのアルベルゲで頂き、食後各国の歌声が響いた。我々は「上を向いて歩こう」を合唱し、その後Mさんが娘の説明で、民謡をうなった。大喝采だった。ホスピタレーロの推奨を受け、Burgos(ブルゴス)の宿をアルベルゲCentro turistico El Peregrinoに決める。
2010年6月5日(土) 晴

距離=25.2Km 累計距離=270.5Km+810.5Km=1,081.0Km 所要時間=6時間40分

Tosantos(トサントス)(7:50 3時間40分) ⇒ San(サン) Juan(ジャン) de(デ) Ortega(オルテガ)(11:30 3時間) ⇒ Atapuerca(アタプエルカ)(14:30)

 Tosantos(トサントス)を7時50分にスタートする。途中時々見かけた韓国女性が日本語で話しかけてきたので、しばらく会話しながら歩いた。彼女はフランスのボルドに留学中だという。日本語はラジオ放送で習ったそうだ。韓国チェジュ島にも巡礼路があるらしい。11時30分San(サン) Juan(ジャン) de(デ) Ortega(オルテガ)の入口にさしかかり、そこでボランティアにコーラ、ジュースのもてなしを受ける。13時から食事も出来るということであったが、待ち時間が長いため諦める。Iglesia de San Nicolás(教会)では何かイベントがあり、出店が出て大変な賑わいだった。町中を出てすぐの林の中でフランス人3人にまた出会う。Atapuerca(アタプエルカ)のアルベルゲCentro turistico El Peregrino(8€)に14時30分に着く。そこでジェラードさんに再び会う。この町のIglesia de San Martín Obispo(教会)は郊外にひっそり佇んでいる。17時30分にMさんと夕食(12.5€)を共にする。
2010年6月6日(日) 雨のち曇のち晴

距離=21.5Km 累計距離=292.0Km+810.5Km=1,102.5Km 所要時間=4時間45分

Atapuerca(アタプエルカ)(6:45 2時間30分) ⇒ Villafria(ビジャフリア)(9:15 2時間15分) ⇒ Burgos(ブルゴス)(11:30)

 アルベルゲの朝は早い。6時45分Mさんと出発する。飛行場横を通り、線路を横断して、9時15分にVillafria(ビジャフリア)のParroquia de San Esteban Protomártir Villafría(教会)に着く。教会内は見せてもらえなかった。ここから Burgos(ブルゴス)まで、市街地の歩行を避ける巡礼者はバスを利用すると聞く。
Burgos(ブルゴス)カスティリャ・イ・レオン王国の
首都として繁栄した町です。
市街地に入り、Arco de Santa María(サンタマリア門)を潜り、暫く歩くとスペイン3大カテドナルドの一つである
Catedral de Burgos(ブルゴス大聖堂)1221年創建。
が、圧倒的な迫力でせまってくる。Catedral de Burgos(ブルゴス大聖堂)に11時30分着く。
 12時頃からそのカテドナルドの日曜ミサに参加し、Museo de Burgos(ブルゴス郷土博物館)を見学後、Tosantos(トサントス)の宿で紹介を受けたアルベルゲを目指した。案内図をたよりに向かったが、捜すのに苦労した。少し引き返すことになり、アルベルゲを見つけたがまだ受付前だった。近くのレストランで昼食をし、14時に今夜の宿を確保する。
その後カテドナルドに戻り、ブルゴス大聖堂内を見学(2.5€)する。カテドナルドで2冊目のクレデンシャル(5€)の発行を頼むが、近くのアルベルゲに行きなさいと言われたので、そこに出向き発行してもらう。そこから宿泊先のアルベルゲに戻り、娘を待つが来なかった。このアルベルゲは教会が運営し、ミサに全員参加する。ミサの後に夕食が出て、後かたずけまでセルフサ-ビスです。娘はここがわからず、私がクレデンシャルを発行してもらったアルベルゲに泊まったことを後で聞く。結局、娘とは223Km先のFoncebadon(フォンセバドン)まで別行動となった。
2010年6月7日(月) 晴

距離=31.5Km 累計距離=323.5Km+810.5Km=1134.0Km 所要時間=6時間30分

Burgos(ブルゴス)(7:30 4時間30分) ⇒ Hornillos(オルミージョス) del(デルl) Camino(カミーノ)(12:00 2時間) ⇒ Hontanas(オンタナス)(14:00)

 7時30分出発する。今日は絶好のウォキング日和である。途中までMさんとしゃべりながら、単調な田園の中の1本道を歩く。しばらくすると一人旅となり、Hornillos(オルミージョス) del(デルl) Camino(カミーノ)に12時に着く。休憩をほとんどとらず、14時にSan(サン) Bol(ボル)だと思って、おばさんに道を尋ねたところ、なんとここがHontanas(オンタナス)で危うく行き過ぎるところだった。おばさんがHontanas(オンタナス)のアルベルゲのオーナーで今晩はここに泊まることにした。2時間ほど近くの畑で昼寝をする。この時間になると、暑さのせいか巡礼者の姿はなかった。夕食は19時からジェラードとカール・ハインズさんとご一緒する。ジェラードさんは明日Boadilla(ボアディージャ) del(デル) Camino(カミーノ)(26Km)止まりらしい。情報によると、娘はBurgos(ブルゴス)から20Kmの、Hornillos(オルミージョス) del(デルl) Camino(カミーノ)しか行っていないようだ。明日は32Km先のFromista(フロミスタ)まで行くつもりです。
2010年6月8日(火) 晴

距離=32.0Km 累計距離=355.5Km+810.5Km=1,166Km 所要時間=7時間25分

Hontanas(オンタナス)(6:35 2時間25分) ⇒ Mostelares峠(9:00-9:30 3時間10分)  ⇒ Boadilla(ボアディージャ) del(デル) Camino(カミーノ)(12:40 1時間20分)  ⇒ Fromista(フロミスタ)(14:00)

 6時35分に出発する。今朝は肌寒く、この状態が丸一日続いた。今日も田園の中の一本道を黙々と歩いた。城門のようなものがあるSan(サン) Anton(アントン)修道院跡を7時35分に通過する。Mostelares(910M)峠の休憩所で9時から9時30分まで朝食を摂る。1時間程歩き、教会とアルベルゲを兼ねたような建物で一服する。Itero橋を渡ったところを右折する。
 一面麦畑で、Fromista(フロミスタ)手前は川縁を歩いた。Castilla(カスチージャ)運河の水門を抜け、Fromista(フロミスタ)には14時に着く。ロマネスク様式のIglesia de San Martín(サン・マルティン教会)近くのアルベルゲ(7€)を確保する。夕食(8€)はフィンランドのローラとイギリス南部のジョンさんと、近くのレストランでご一緒する。片言の英語でしゃべるがほとんど通じず、前に会ったことのあるフィンランドの女の子に、出身がヘルシンキで名前がローラだということのみ理解出来た。カミーノ・フランセで感じたことだが、自転車がやたら多く、私にとっては巡礼気分を損なわれた。Mさんはひどく感動していたが。
2010年6月9日(水) 雨

距離=35.8Km 累計距離=391.3Km+810.5Km=1,201.8Km 所要時間=7時間30分

Fromista(フロミスタ)(7:15 3時間45分) ⇒ Carrión(カリオン) de(デ) los(ロス) Condes(コンデス)(11:00-11:30 3時間15分) ⇒ Calzadilla(カルサディージャ) de(デ) la(ラ) Cueza(クエサ)(14:45)

 7時15分に出発する。朝食をたのんでいないのに、解らず食べて出発する。途中オーナーが追いかけてきて3€を請求された。Carrión(カリオン) de(デ) los(ロス) Condes(コンデス)に11時に着きIglesia de Santa María del Camino(教会)を見て、昼食後11時30分に出発する。そこから延々16.8Km田畑の中の一本道を、しかもスペインに入って始めての雨の中をひたすら歩いた。延々と続く単調な歩行に嫌気がさしていた時、坂の下に突然町が現れ、Calzadilla(カルサディージャ) de(デ) la(ラ) Cueza(クエサ)の入口付近のアルベルゲに14時45分に着いた。することがないので近くのHostalでビールを飲む。近くのベルギー人夫婦に話しかけられ、何となく名前と諺をナプキンに書いたら写真を撮っていた。夕食(10€)はその夫婦とご一緒する。
2010年6月10日(木) 雨

距離=22.2Km 累計距離=413.5Km+810.5Km=1,224.0Km 所要時間=5時間15分

Calzadilla(カルサディージャ) de(デ) la(ラ) Cueza(クエサ)(7:15 1時間15分) ⇒ Ledigos(レディゴス)(8:30 2時間45分) ⇒ San(サン) Nicolas(ニコラス) del(デル) Real(レアル) Camino(カミーノ)(11:15 1時間15分) ⇒ Sahagun(サアグン)(12:30)

 7時15分に出発する。今日は寒い雨の中を、国道に平行した単調な道を歩いた。9時20分頃雨、風が強くなり、ポンチョだけでは濡れるため、教会近くの民家の軒先で雨具を身に着ける。San(サン) Nicolas(ニコラス) del(デル) Real(レアル) Camino(カミーノ)で朝食兼昼食を取る。Sahagun(サアグン)手前の道路と交わる地点で、ほとんどの巡礼者は道路を歩いていた。私はぬかるみの巡礼路を急ぎ足で進んだ。再び合流した地点で、前に若いフィンランド人女性と歩いていたドイツ人女性と再会し、同じアルベルゲViatoris(7€)に泊まることになる。そこに12時30分に着き、近くのスーパで買物をする。時間つぶしのためMonasterio de Santa Cruz Benedictinas(サンタ.クルス.ベネディクティナス修道院)を見学して、Barで遅い昼食(4€)を取る。アルベルゲに帰る途中、Kさんに会う。何故か英語で日本人かと尋ねられる。夕食をアルベルゲでとるためレストランに行くと、Kさんと一緒になる。振舞いのワインを頂き、今夜も賑やかな食事となる。20時からは明日の闘牛前夜祭で大勢の人がたむろしていた。闘牛場が開いていたので写真に納める。Kさんは前夜、私がRoncesvalles(ロンセスバージェス)で会った日本人女性と一緒だったことを聞く。今夜のアルベルゲは大部屋でうるさい泊りとなりそうである。雨で濡れた資料を見ているとナプキンを持って来てくれた親切な人がいた。うれしいこと、腹のたつこと、悲喜こもごもです。
2010年6月11日(金) 雨

距離=31.5Km 累計距離=445.0Km+810.5Km=1,255.5Km 所要時間=6時間15分

Sahagun(サアグン)(7:45 3時間15分) ⇒ El(エル) Burgo(ブルゴ) Ranero(ラネロ)(11:00 3時間) ⇒ Reliegos(レリエゴス)(14:00)

 7時45分に出発する。今日は小雨で、前2日間よりましだ。直ぐにTalal ABM resting(公園)のセア川に架かる橋を渡る。出発が遅かったこともあり、巡礼者は疎らだった。道路と平行した巡礼路を足の速い若者を追いかけるように歩いた。El(エル) Burgo(ブルゴ) Ranero(ラネロ)のParroquia de San Pedro Apóstol(教会)でミサをやっていたが、雨が降っていたので寄ることもなく行き過ぎた。今日の目的地であるReliegos(レリエゴス)には14時に着いた。同じアルベルゲGaiferosに年配のフランス人女性と入るが、また彼女は雨の中を歩き始めた。これには宿の人もびっくりしていた。雨もあがったので、洗濯物を乾かして、近くを散策した。またアルベルゲ(5€)でルルドスタートのアルゼンチン人と話し、お互い写真を撮りあった。何と16時頃にMさんが来るではないか。全く予期してなかったのでびっくりした。どうも雨の中を40Km近く歩いたようだ。夕食(9€)は近くの派手な色彩のペインチングをしたレストランでMさんとご一緒する。
2010年6月12日(土) 曇

距離=26.0Km 累計距離=471.0Km+810.5Km=1,281.5Km 所要時間=6時間00分

Reliegos(レリエゴス)(7:00 3時間50分) ⇒ Arcabueja(アルカウエハ)(10:50 2時間10分) ⇒ León(レオン)(13:00)

 7時に出発する。肌寒いが雨には遭わなかった。Arcabueja(アルカウエハ)に、巡礼者用の水道を備えた小奇麗な休憩所があり、簡単な食事をする。León(レオン)郊外のPortillo峠(880M)を越えるとLeón(レオン)の市街地が一望出来た。León(レオン)入口近くでボランティアが巡礼者に案内をしていた。私はムンシパルのアルベルゲに泊まる予定にしていたが、教会のアルベルゲが無料でカテドナルドに近いと薦められる。市街地をそのアルベルゲに向かって歩いていると、道を間違えムンシパルのアルベルゲに着く。道を聞き聞き、13時に目的のアルベルゲSanta Maria de Carbajalに着き受付けを済ます。
 そこに荷物を降ろし、大聖堂近くのBarでMさんと昼食を摂る。料金が違うということでBarの女性とやりあう。どうもチップを上乗せされていたらしい。Catedral de León(レオン大聖堂)では結婚式をしているらしく、入ることが出来なかった。天井のフレスコ画が有名な
Basílica de San Isidoro(サン・イシドロ教会)聖イシドロの聖遺骸祀るため建築
、サン・マルセロ広場に面して建てられた、ガウディーが設計した
Casa Botines(ボティネス館)現在は信用金庫の建物
を見学する。
 Mさんはマドリッドまでの切符の手配のため、18時の食事の約束をして出かける。公衆電話で娘と連絡をとろうとするがつながらず、妻に電話(8,637円)をかけ情報をとるよう連絡する。帰国後、請求書を見て国際電話の高さにびっくりした。16時に華麗なゴシック建築のレオン大聖堂内を見学する。館内の
ステンドグラスパネル窓125、円窓57、大きなバラ窓3
は今まで見た中で規模ときらびやかさで他を圧倒するものであった。18時になってもMさんは帰らなかったので、20時30分頃近くのレストランで遅い1人の夕食(9.9€)となる。Mさんが帰ってきたので、携帯を借り娘にかけるがつながらず。家に電話すると60Kmぐらい手前にいることを聞く。22時頃近くの教会のミサに参加した。修道僧は女性ばかりで、今までのミサとは趣が違っていた。アルベルゲは男女別に仕切られており、かなりの人数を収容していたので、熟睡出来るものではなかった。申込みの際、5€の寄付をしたが、その価値はなかった。娘は後日ムンシパルのアルベルゲ(私のアドバイス)に泊まり、人数も少なく良かったという。

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